しろうとが、ああだこうだと、いろいろ愚行錯誤(!?)しております。

2011年6月28日火曜日

不思議といえば不思議

 注文したモーターとギアヘッドが7月1日出荷で2日配達というメールが着信。
 ということで、元々自宅にあったものではなく、今年になって入手(有無を言わせず強制的に頂いて来た)二組をまじまじと眺めた。
 右の一尺の上臼、16kg、下臼21kg。左の一尺一寸の上臼16.5kg、下臼22,5kg。
 いちばん質量が重いのは左の下臼。左の上臼と右の下臼はほぼ同じで、右の上臼がいちばん質量が軽い。
 左の下臼の相手である上臼があればいいのに、どこへ行ってしまったんだろう。



 どう贔屓目に見たって、最初から対であった右の直径一尺に比べたら、男寡と寡婦を無理に一緒にさせようとしている感じがありありの左の一尺一寸はちっとも美しくない。下臼が安山岩より硬く重い溶岩らしく実に端正で見事であるにもかかわらず、上に載っている上臼がどうもいただけない。先日、妻の実家に行ったので、この端正な下臼の相手である上臼を探すべく漬物小屋の戸を開けて内部を探索したのだったが、一寸小さい下臼が転がっていただけだった。この家には、どうして下臼ばかりがあって、上臼はすべて行方不明なのか。それが不思議といえば不思議。
 どうもしかし戦前の旧家には石臼は二組か三組くらいあるのが普通だったらしい。おそらく、米麦や蕎麦用には一尺の石臼、大豆できな粉を碾いたりするのは一尺一寸の臼という風に使い分けていたのではないか。90歳以上のお年寄りに、今の内に訊いておいた方がよさそうです。
 それにしても、石臼というのは実用的道具であったのだけれど、実用的道具だからその外見が美しくなくてもいいということにはならない。
 外見も目も端正で美しい石臼の方が、粉もいい粉が碾けそうな気がする。

 いずれにしても、電動化はとりあえず右の一尺で試みるほかないと考えを決めた。いざ。

0 件のコメント:

コメントを投稿