しろうとが、ああだこうだと、いろいろ愚行錯誤(!?)しております。

2008年6月10日火曜日

人生はささやかでジャンクな虚構

 この頃すっかりソバの自家製粉実現に夢中な私は、市内に機械・工具専門のリサイクルショップがあることを耳にしたので、外回りの仕事の出かける振りをして、早速、行って見た。
 プレハブの事務所が入り口に置かれ、その奥の、倒産した小さな町工場の屋内に様々な中古機械や工具が並べられていた。
「モーターはありませんか?」
「あるよ」
 どこか映画の中で見たことがあるような風貌の主人があっさり答え、続けて訊いた。
「何馬力?」
「一馬力」
「あ、あるよ」
 彼の後をついてゆくと、棚の上に大小様々な中古モーターが並べられていて、彼は足元のコンテナに足をかけ、棚の上のいくつかのモーターのプレートを確認し、それから棚の上ではなく、足元のダンボール箱を乱暴に破るようにして開いた。保証票の上部1/4くらいが鼠に齧られたようにギザギザに欠けていた。
「これ、新品だけど16,000円」
「え、中古品は無いですか?」
「そこに一個あるけど12,000円だから、こっちの方が得だよ。なんたってこっちは新品だから」
 新品といったって未使用の新古品というやつで、生産された年月はだいぶ前のものなのだろうし、保証票が鼠に食われているような代物であるから格別に安いのでもなく、むしろ妥当な価格であろうから、少しは値切ってもいいはずだ。
「少しは安くなりませんか?」
「今メーカーから仕入れる新品だと5~6万するからね、16,000円は安いと思うよ。何に使うの?」
 話題を逸らして来た。
「製粉機にセットするんですよ」
「製粉機?」
「ソバを製粉するんです。」
「ああ、おれも蕎麦打ちますよ。〇〇製粉のソバ粉は買う度に風味に当たりはずれがあるので、××蕎麦の石臼挽きのソバ粉を買ってね。こんな商売、70になったらやめて、東京に戻って蕎麦屋をやろうと思っているんですよ。夜中に電動の石臼でゆっくりソバ粉を挽いて、それで数十人前の蕎麦を打って、売り切ったら暖簾を下ろしてね、そういう蕎麦屋をやりたいです」
 わたしは70歳になってから商売として人のために蕎麦打ちをする気になれません、と言おうとして私は口をつぐみ、話題を少し滑らせた。
「石臼って一時間に2~3kgしか挽けませんよね」
「そうだね、電動石臼も熱で風味を損なわないために昔の手回しと同じ回転で回すんだから、仕方ないよね。」
 彼の携帯電話の着信メロディが鳴った。森田童子の《みんな夢でありました》だ。笑えた。
 彼が建物外に出て電話の相手と話している間、私は彼の商品を見て回った。使い古された工具が多く、金額の張る機械類は少ない。これで食えるのか? と思った。
 以前からあればいいなと思っていたエア・コンプレッサーの中古が五台ほど並んでいた。微妙に中古な価格設定で、中古を買った方がいいのか、新品の安いのを価格ドットコムで探した方がいいのか判断に苦しんでしまう。その横に置かれているのは、なぜか、私同様に時代の間尺に合わなくなったみたいなB4サイズのコピー用紙のやや色褪せた箱が五箱。この組み合わせ、なんだか微妙に、人生はささやかでジャンクな虚構にすぎないのかもしれない、と思わせてくれるのでした。
 そういえば、このリサイクル・ショップの主人の風貌が誰に似ているか、思い出しそうで思い出せない。思い出せそうで、その一歩手前でまた忘却の彼方に引き戻されてしまう。
 私は彼が破いた段ボール箱の前に再び立ち、モーターに張り付けられた定格を記したプレートを見た。すると定格出力が1KWと刻まれているではないか。1馬力は750W=0,75KWであるはずなのに......。
「どうも済みません。孫から電話がかかってくると長くて困っちゃうんだよね。あ、どうします、モーター」
「これ、750Wじゃなくて1KWじゃないですか」
「あ、ああ、たいした違いじゃないよ。むしろ若干の余裕があっていいんだ」
「そうですか......」
 私は、彼の憎めない風貌と口調に負けてその新古品のモーターを買い、帰宅した。そして製粉機のメーカーにメールを入れた。
「私、貴社の製粉機AV-1型機を導入しようと考えておりますが、手持ちのモーターが規格の750Wではなく1000Wです。これでAV-1型機を動かすのには無理がありますか?」
「K社お客様係担当のO沢です。当社製品について、お問い合わせありがとうございます。弊社ではA1型の場合、750Wモーターを取り付けおり、それ以上になると、シャフトの耐久性等もあり付けておりません。 従ってお勧めは出来ませんが、稼働させることは可能であります。以上、ご検討下さいますよう宜しくお願い申し上げます」 

0 件のコメント:

コメントを投稿